自己肯定感

ツイッターを眺めていたら、某人気アカウントの方が彼女のお母さんのことを呟いていました。

そんなに母との関係は悪くなく、たまに長電話することもあるんですが、

私の母も否定から入るタイプ。たわいのない話ならばまあ気にならないけれど、

割と真面目な話をしている時に否定されると、若かった頃は

“私が悪いから否定されるんだ、ちゃんとしなくては”とか私も悲しい気持ちになっていた。

でも結婚し親元を離れ、なおかつ故郷からも遠く離れた今は

私の話を聞いてくれる人は基本、夫であるしめさばさん。

しめさばさんは基本的に否定から入らないタイプなので、それに慣れてしまい

最近は母と話していて否定から入られると

「そういう言い方はないんじゃないかな」とか

「そういうこと言われると悲しくなるよ、悲しくなること言われてお母さん嬉しい?」とか

言い返すようになった。

それを思い、ああ、私も親離れができたのかなーとか、最近で言う自己肯定感が上がったのかなーなど

ちょっと嬉しく思っている。

自己肯定感という言葉が流行ったのはドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』じゃないかと思うんですけど、

自己肯定感が下がるとほんとに人間駄目になりますよね。

コールセンターにちょっと勤めてたんですが、某お問い合わせセンターの仕事がめちゃくちゃキツくて。

エンドユーザーから提示されている時間内に通話とそれに付随する書類作成など終わらせなくてはいけないんですが

まー、私は通話と作業がどちらも遅くて。遅い上にすぐテンパるので電話の内容もぐだぐだで。

日々、SVから「生産性がない」と怒られていました。向いてなかったんでしょうね。

今なら「向いてなかったんでしょうね」とサラッと言えるんですが、

あの頃はこの仕事を辞めたらどうしたらいいんだろうとかまたミスをしてしまったとかで

やや鬱になっていたと思います。今電車に飛び込むととか何度か思いましたので。

まあ接客業に戻ったらまた、テキパキ働けるようになって自己肯定感も上がりつつあるのですが。

ストレス耐性に弱く、ストレスで血糖値が上がる私としては心身ともに危険な職場でした。

(仕事ができないだけ。笑)

ドラマつながりで。

今やってる、『凪のお暇』というドラマにもめちゃくちゃハマっております。

原作も好きで、最初はキャスティングに

「慎二とゴンちゃんが年齢が上すぎない??」なんて思っていたのですが、

高橋一生も中村倫也が素晴らしいですね。

(ドラマ観てないよっていう人をおいてけぼりにして書いててすみません…汗)

このドラマはいつも人の顔色を伺いながら、空気を読んでしまう主人公:凪が

過呼吸で倒れてしまい、こんな人生じゃ駄目だと人生リセットしてちょっとお暇をもらうというお話。

その根底にあるのが母親との関係。凪のお母さんは体裁ばかりを気にして娘を思い通りに操ろうとする人。

今で言う毒親ですね。

ドラマの後半は、元カレの慎二とお隣さんのゴンちゃん、どちらとくっつくかというより

このお母さんと決別できるのかどうかが気になってしょうがなかったです。

先週の回でお母さんのこと嫌い、と言えたようで安心しましたが。(まだ観てない)

うちの母は毒親というほどでもないんですが(基本的に電話しない限り口出ししたりしないし)

私の話について否定から入るのは心配してるから、もあるのでしょうね。

凪のお母さんの「体裁を気にして自分の思い通りに操ろうとする」のも、こうして生きた方が

あなたの為だからという、間違ってはいるけど一応心配の気持ちからの行動なのかもしれませんし。

だから世の中、こういうお嬢さんが多いのかもなあって思ったのでした。

逃げ恥の自己肯定感が低いのは旦那さんの平匡さんでしたけど。

(ああでもみくりも小ざかしい自分が嫌だったかな)

何を書きたいのかわからなくなってまいりましたが、

なんだろう、自分には自信を持とう、人の話は否定しない、ですかね。

まとまんないな、、、

そう言えば明日で凪のお暇最終回ですね。楽しみが一つなくなるううう….
ちなみに私は慎二派です。

※追記
ここまでダラダラ書いてなんなんですけど、平柾さんの低いのは自己肯定感じゃなくて
自尊感情だった…大変失礼いたしました….
もうここまで書いちゃったのでごめんなさい、このままupいたします。申し訳ありません、、



あ、宜しければ・・・。

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